べったこ〜関東在住の関西人〜
べったこ。 京都弁で、はしり(かけっこ)でビリのこと。 私はいつもべったこやった。 京都生まれの京育ち。結婚し関東に移り住んで16年。 関西魂は抜けてない。らしい。
丸の内線の不思議
丸の内線は、中野坂上駅から荻窪行きと方南町行きに分かれているが、
その中野坂上〜方南町間の方で、中野坂上を出てややしばらくすると、
車内が停電のように真っ暗に!!!
え?え?え?どうゆうこと???
しかもその停電のようになってる時、壁に付いている小さなアンティークな白熱灯の黄色い電灯が点く。
その電灯はとても小さく暗く、点いたところで本が読める明るさにもならないほど。
非常灯くらいの存在だ。
えー??なんで点くの??
けれど、車内のお客さんは皆普通にしている。
誰も驚かない。
驚いてるのは私ただ一人。
え〜??みんなめっちゃ冷静やん??
そして、その時間ほんの数十秒。
車内の電気は普通にパッと点き、
非常灯は消える。
何?何?何?今の何?まぼろし?????
どうも、通電の関係で、開業当初からその区間はそうなるらしい。
古くから地下鉄を走らせている東京ならでは。
昔から、ずっとあの停電もどきはあったんや。
そう思うとあのアンティークな黄色い非常灯が愛おしくも見える。
結婚後、こちらに住むようになって、毎日通勤でその区画を使うようになった。
いつしか、その停電もどきも日常となっていき、
私も冷静に落ち着き払って、その区画を通過するようになった。
でも、その地点を通過するたび、私はいつもあの時の驚きを思い出し、
驚き慌てていた過去の自分の姿を思い浮かべては心の中でくすっと笑う。
今では、車両が新しくなり、もうあの停電のような現象はなくなったらしい。
あの時の、アンティークな非常灯の黄色い明かりがもう見れないのかと思うと少し寂しい
伏見桃山城
お城は歴史上そこにあったものではなく、
完全なる作り物。
中は博物館のようになっていてエレベーターまでついている。
お城はキャッスルランドという遊園地まで併設されていて、小さい頃はよく連れて行ってもらった。
夏はプール、冬は釣堀になり、子供の頃とても楽しかった記憶がある。
小学校の1年生の遠足や、写生大会は学校から必ずそこに行った。
こっちで言えば花やしきのような・・・
派手さはないがのんびりと温かい・・・
ノスタルジックな雰囲気漂う素敵な遊園地だった。
うちの娘たちもまだ小さい頃、実家に帰ると連れて行ってもらって喜んでいた。
数年前、そのキャッスルランドが経営破たんでなくなったと聞いて、少し寂しい気持ちになっていた。
そんな伏見桃山城が2ヶ月半かけて全面改装し、
「茶々 天涯の貴妃」
という映画の撮影に使われたそうな。
ただ、伏見桃山城としてではなく大阪城に見立てて・・・
というのが、なんか虚しいけど。
実家の周りはよく映画やドラマの撮影ポイントになる。
特に実家のすぐ横に流れる高瀬川の堤防の酒蔵はベストポジションらしく、
子供の頃からしょっちゅう撮影があった。
座頭市の撮影では、勝新太郎さんに弟が抱っこしてもらった。
日本酒のCM撮影では、女優さんの前を隣の子が横切り、NGになった。
暴れん坊将軍のオープニングのシーンもそう。
新しいところだとスクールウォーズの撮影もしていた。
今回の「茶々〜」も見に行かんと!
知ってる場所がスクリーンに映し出されるとなんだか嬉しいやんね。
余談だが、私が独身時代OLをしていた会社のビルは、
「極道の〜」で組事務所として使用されていた。
組事務所って・・・・
見た目どんだけいかついビルやねん。
おんぶひも
いつも悩まされていた。
子供が生まれて“抱っこベルト”というものを買った。
それは赤ちゃんを前にも抱っこできるし、後ろにおんぶもできるというもの。
袋状のものの中に赤ちゃんの体をセッティングして、それに付属しているベルトで、お母さんの体に装着するという形状のものでリュックのようなものだった。
前に抱っこする時はいいんやけど、後ろでおんぶする時、赤ちゃんが背中に密着せえへんで、かなり肩にくる。
ピッタリさせようとすると前かがみになって、今度は腰にくる。
お出かけの時は前に抱っこでもいいけど、
家事をする時などはおんぶに限る。
でもおんぶは肩がこるし・・・・
結局、私はおんぶする時これを使うのをやめた。
取り出したのは、戌の日に祈祷してもらった腹帯のさらし!
これを半幅におり、
寝かせた赤ちゃんの背中からワキに通し、
胸の前でしっかりつかんで、
ヒョイっと背中に。
あとはサササッとひもを胸で交差し、
赤ちゃんのお尻を支えておなかの前でしっかりくくる。
うん。
いいやーん。
ピタッとするやーん。
一気に時代は昭和初期に。
でも、子供はずれへんし、肩こりもしないし、
持ち歩く時はくるくるっとまるめてコンパクトになるし、
なにより、安産祈願をしてもらったありがたーいさらし。
めちゃめちゃいいでー
一度やったらやめられへん!
おすすめ!
でも、このさらし、一つだけ難点が・・・・
いつどこででも注目される。
みんな好奇の目で見ていく。
冬は上からコートを着てるから目立たんけど、
夏は目立つことうけあい。
一度、その格好で新横浜にあるラーメン博物館に行った。
そこは、昭和30年代の下町をイメージしていて
まるでその時代にタイムスリップしたかのような感覚を楽しむのがコンセプト。
町の住人と称する職員も、格好から会話から徹底していて、現代のことは決して言わない。
すっかりその時代の人を演じている(劇団員のバイトを使っているらしい)
ある意味ディズニーランド並に徹底している。
その町にさらしのおんぶ姿の私が乱入!?
職員も皆目が点。。。。
めっちゃじろじろ見てくる。
明らかに、「こんな職員いたやろか?」の眼差し。
そして、思い切って私に声をかけてきた町の駐在さん(職員)が・・・
「あの〜この町の人ではないですよね??」
昭和30年代の風景に一番溶け込んでいたのは、
職員でも劇団員のバイトでもなく、
リアルに平成を生きているこの私だった。
なんなら明日から働こか?
フィギュアスケートの巻、其の壱
うちの娘たちは小さい頃からスケートをしている。
近くにスケートリンクがあったのがきっかけで、
最初は家族でほんの軽い気持ちで遊びに行った。
ところが、当時4歳の長女がその楽しさにはまってしまい、
翌日から市主催のスケート教室に通う羽目に・・・・
スケート教室は日曜の早朝6時半から。
5時半には起きんと間に合わない。
せっかくの休日、そんな早起きまっぴらごめんと長女とこんな取り決めをした。
「スケート教室に行きたかったら自分で目覚ましかけて起きて、お母さんを起こして。起こしてくれたら連れてってあげるわ」
それから5年余り。結局休むことなく毎週通った。
長女あっぱれ。
次女も遅れること1年。3歳から通い始め、
小学生になると二人ともリンクのフィギュアクラブに入った。
なんちゃってスピンに、
なんちゃってジャンプ、
なんちゃってステップ、
なんちゃってスパイラルくらいは出来る。
二人がスケートを始めた10年前は、今ほどのフィーバーはなかった。
スケート教室もガラガラでリンクを我が者顔で滑っていた。
今やフィギュアはすごいブーム。
リンクはいつも超満員。
維持が大変で、リンクが次々と閉鎖になる昨今。
ブームにより経営が潤い、リンクが閉鎖にならんのはええけど、
ちょっと、極端。
みんなぁー!均等に来てぇや〜
またブームが去るとガラガラになるんとちゃうん??
昨日今日とテレビ中継があるし、
きっと明日あたり、「イナバウア〜」とか言いながら
ひっくりかえってるガキんちょが溢れるかえるんやろなぁ。。。。
怪我だけは、せんとってなぁ〜
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